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TIMELESSPERSON

2026.04.28

管理職1年生!北欧に子連れワンオペ移住した社会学者から「選べる」「練習できる」希望をもらう

本を片手に予測不可能な時代をサバイブ! 都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動する梅津奏さんのエッセイ。【連載「コンサバ会社員、本を片手に越境する」】

息苦しさを感じたら「状況を変える」を選ぶ

お習字が趣味の母に書いてもらった

この春、管理職になった。

業務内容もメンバーも変わらないので世界がひっくり返るようなことではないでしょうと高をくくっていたが、想像以上のストレスに襲われている。上と下に挟まれる息苦しさ、意見を言うよりまず人の話を聞かなければならないこと、見えない家事ならぬ見えない仕事の多さ……。4月1日から私の標語は「忍」になった。デスクに貼っておこうかな。

 

私には自分なりの仕事のやり方・ポリシーが意外とあったんだな、と気づく場面が多いのも新鮮。新年度の方針とか新しい上司のスタイルとか、メンバーの仕事の段取りとか資料の作り方とか、いちいち気に障ってイライラする。しばらく抑え込んでいた短気で神経質な性格(そのくせおおざっぱ)が表出するようで自己嫌悪に陥る時間が増えた。会社員としてある意味順当な「レール」に乗った実感もあり、将来のキャリアが開けたような狭まったような居心地の悪いモヤモヤもぬぐえない。

新年度といえばあいさつ回りが風物詩。4月は約半分が出張の予定で埋まった。乗り物酔いがひどいので移動は苦手だが、オフィスビルに閉じ込められているより外に出て行く方がいい。パソコンを開けない飛行機の中では、Kindleで集中して読書もできる。

たくさんダウンロードした「管理職の教科書」的なタイトルは見ただけで吐き気がしたので健康に良くないと回避して、選んだのは久しぶりのこちら。

新幹線でお茶も飲まずに熟読していたら、まんまと酔ってマーライオンに変化(へんげ)した

ヘルシンキ 生活の練習』(朴沙羅/ちくま文庫)

1984年生まれ、私の3つ上の朴さん。京都出身、ヘルシンキ大学で教鞭をとる社会学者である。本書は朴さんが、幼い二人の子どもを連れてフィンランドに移住したことを綴ったエッセイだ。

在日コリアン(韓国人の父、日本人の母をもつハーフ)であることで周囲からデリカシーのない言葉をぶつけられ、「自分は何者なのか」と悩み続けた子ども時代。「これは私の問題ではなく、社会の問題では?」と気づき、社会学の道へ。その後生まれた子どもたちが自分と同じ目に遭うのではないかと考え、ヘルシンキへの移住を決断したという。

女性である。
在日コリアンである。
二児の母である。
●●勤務である。
研究者である。

生きていく中で貼りついたいくつものラベル。思考のクセや性格なども合わせたら、アラフォーにはいったい何枚のラベルが貼りついているのだろう。ラベルが誇らしく思えることもあるが、自分を縛るものとして息苦しく感じることもある。

朴さんは、「私の息苦しさは私だけの問題じゃない、社会の問題だ」と判断し、「状況の方を変える」選択をした。日本で働く夫を残して、当時6歳と2歳だった子どもを連れてのワンオペ移住。北欧に対する憧れも特になく、フィンランド語も話せない。無謀な決断にも思えるし、移住当時のことが書かれたエッセイを読むとその綱渡りっぷりにドキドキする。しかし、「自ら助けを求めれば(これが重要)、手が差し伸べられる」北欧独特の社会制度に支えられ、少しずつ生活を確立していく朴さん。

北欧というと手厚い社会保障制度や「ヒュッゲ」文化など、一種のユートピアのように語られがち。しかしもともと北欧に幻想をもたない朴さんが描くかの社会はひと味違う。日本との違いが殊にあらわれるのが、子どもを通わせる保育園での出来事だ。

私は、思いやりや根気や好奇心や感受性といったものは、性格や性質だと思ってきた。けれどもそれらは、どうも子どもたちの通う保育園では、練習するべき、あるいは練習することが可能な技術だと考えられている。――『ヘルシンキ 生活の練習』より

保護者面談で先生は、集団生活を送る上で必要とされるスキルのうち、その子が十分練習を積んでいると思われるもの・より練習が必要と考えるものに分けて指摘する。分かりやすく言うと「彼女は優しく親切な性格で素晴らしい!」ではなく、「人に敬意を払って親切にするというスキルを十分習得している」と表現するのだ。

日本であれば生まれながらの性格の問題とされそうな事項が、「練習できるスキル」とされる。保育園は働く親のためではなく子どもの保育を受ける権利を保証する施設であり、子どもが必要なスキルを身につけさせるために、先生たちはさまざまな「練習」をプログラムに組み込むのだ。

それから私が、「このスキル、私も練習できてないことが多いんですけど」と言ったら「これらのスキルはすべて、一歳から死ぬまで練習できることですよ」と指摘された。
違うって、これボケてんねんって。素で返されたらつらいから。――『ヘルシンキ 生活の練習』より

「我慢強い」「好奇心が強い」「ユーモアがある」「チームワーク」などたくさんのスキルカードが並べられたテーブルで面談を受けながら、キツネにつままれたような朴さん。まるでその場に同席しているような気分になった私が感じたのは、「練習できる」という希望の光。

個人の問題と社会の問題を切り分けて考え、自責ですべてを解決しようとしないこと。いざとなれば「状況を変える」選択肢だってある。そして、「剥がせない」と思い込んでいたラベルも、実はそうではないのかも。

デスク前に貼るのは、「忍」ではなくて「選択と練習」にしよう、そうしよう。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:コンサバ会社員、本を片手に越境する
梅津奏

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