伝えたい想いがあるとき、人は手紙を書きたくなる。女優の山口乃々華さんが、“あのひと”に向けて今の気持ちをしたためる連載。今回は、偶然見かけた女の子へのメッセージです。【連載「〒ののポスト」】
懐かしさが運んできた、新しい気持ち
電車で向かい側に座っていたあなたへ
あれは平日の夕暮れ時。私は「あなた」を見つめていました。たった数駅ほど移動する間でしたが、向かいに座っていたのです。会話をしたわけでも目を合わせたわけでもないので、きっとあなたは、私の存在には気付いていなかったでしょう。どうか怖がらず、読んでくださいね(笑)!
その日は気温が高くて蒸し蒸しと暑く、走って駅に向かったせいでさらに私の体温も上がっていました。しかも走っているときよりも、止まったあとの方が汗をかきますよね…。
やっときた電車に乗り込み、私は空いている席に座りました。――そして、あなたに出会いました。
はじめは普通に女子高生が座っていると思い、気に留めてもいなかったのですが、その手にはネイビーカラーの昔懐かしいいデジタルオーディオプレイヤー(MP3!!! しかもラインストーンでデコられてる)があるのを見てハッとしました。
それは現在の進化したものではなく、ライターほどの大きさで、操作も至ってシンプルな旧タイプ。
あなたにとってはたいしたことではなかったかもしれないし、もしかしたら、もしかすると…私の見間違いだったのかもしれないのに、ごめんなさい、驚きすぎた私は二度見どころか、きっとガン見していたはずです。
暑さのことなんてすっかり忘れてしまうほど、女子高生がなぜそのMP3を?で私の頭はいっぱいになりました。
そう、それは私が小学生のころに愛用していたプレイヤーにそっくりだったのです。しかもあなたが有線イヤホンで音楽を聴いていたことで(有線イヤホンしか使えないはずだから当たり前だけど)懐かしさのあまり私はあなたの手元から目が離せなくなりました。
キラキラのラインストーンでデコられているネイビーカラーのMP3を慣れた手つきで操作しているあなた。それはそれは、もう見かけることがないほど懐かしい機械なのに、ちっとも時代遅れを感じさせないおしゃれさ。なぜ、そんな懐かしいものを使っていたのでしょう。
あなたが持っているとそれは、やけにキラキラして見えて、小さくて、派手で、かわいくて。いいなぁとさえ思ってしまうほどでした。
もしかしたら、私と同い年くらいのお姉さんがいるのでは?
いや、メルカリでわざわざ買ったのかも?
何だかうれしくて、あれこれとあなたがそれを手にするまでのストーリーを考えてしまいました。
それにしても最新の曲を入れるためには、きっといろいろと面倒な手間がかかるだろうに…もしかしたら何か特別な思い出があるのでしょうか。なんて考えていたら目的地に着いてしまいました。
そして私は今、あなたを思い出しながらこの手紙を書いています。
あなたに出会ったことで、シンプルでなるべく高機能なものが増えてきた私の身の回りに、変化がありました。持ち物が多いときでも、昔使っていたキャラ物の筆箱を持ち歩いてみたり、その中にはキラキラペンを入れてみたり…。引き出しの奥底にただしまわていたものたちが輝き出しました。
刺激を受けています。
ちょっと面倒くさくて、でも可愛くて、思い出があるものっていいですよね。
あなたのMP3が、どうか壊れずに使い続けられますように。そしてまたどこかで会えますように。
山口乃々華より
山口乃々華(やまぐちののか)
3月8日生まれ、埼玉県出身。2020年末まで E-girlsとしての活動を経て、2021年から女優として本格的に活動を開始。 映画『イタズラなKiss THE MOVIE』シリーズ、ドラマ・映画「HiGH & LOW」シリーズやHulu版「崖っぷちホテル!」などに出演、『私がモテてどうすんだ』ではヒロイン役を務めた。近年ではミュージカルにも活動の幅を広げ、『INTERVIEW~お願い、誰か僕を助けて~』『ジェイミー』『あなたの初恋探します』にヒロインとして出演。2022年には「SERI〜ひとつのいのち」でミュージカル初主演を務め、2023年3月〜5月に上演されたミュージカル「SPY×FAMILY」ではフィオナ・フロスト役を好演。8月より上演されるa new musical「ヴァグラント」ではヒロイン(W)を務める。
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