「俳優たち自身にもトラウマを植え付けかねない」。そんな生々しい痛みを伴う役に挑んだ稲葉友さんと遠藤健慎さん。身も心も丸裸になったからこそ見えたこと、気づいたこと、そして築けた二人の関係性について語ってもらいました。
陵辱、虐待、貧困、ジェンダーギャップ…。映画『恋い焦れ歌え』は社会の闇に落とされた男たちの生き様と、むき出しの愛を描いた衝撃作。稲葉さんは理不尽な暴力によって深いトラウマを抱えた主人公・桐谷仁を、遠藤さんは仁を執拗に追い詰める孤高のラッパー・KAI役を熱演している。
ハードだけど心地よく幸せな現場
――脚本を読んだ時の印象は?
稲葉さん(以下 稲葉) 怖かったです。本(脚本)の段階で圧倒的な熱量があって、そこで自分が読み取ったものをしっかり立ち上げられるか。これをシーンとして仕上げたとき、より熱いものにできるかどうか。ハードルはすごく高かったです。
遠藤さん(以下 遠藤) 同じくですね。ハードな映画だと聞いていたので覚悟はしていたけど、いざ本を読んだらグッと呑み込んじゃう自分がいて。そんな自分に勝たなきゃいけないってところからのスタートでした。
――目を背けたくなるような壮絶なシーンもありますが、演じていて苦しくなったことは?
稲葉 たくさんありました。体力的にもしんどかったし、仁と同じような心持ちになり辛くなることもあって…。ただ、撮影中は健慎をはじめ、監督もキャストもスタッフも絶対的な味方でいてくれたので僕はひたすら役に集中し“桐谷仁”でいるだけでよかった。それは俳優としてすごく幸せなことで、ハードな内容ではありますが居心地のいい現場でした。
遠藤 僕はKAIとして仁を徹底的に追い詰めるつもりで現場に入ったものの、友くんがガチだから辛くなってしまって。そこは心を鬼にして役に寄せていきましたけど、友くんの言う通りスタッフさんみんなが心のケアまでしてくれて、本当に周りのおかげでKAIになれました。
撮影中は互いに支え合っていた
――現場での二人の関係性は?
稲葉 どうだった?
遠藤 僕はお芝居以外ではラフにいくようにしてたけど、友くんは途中からちょっと違ってましたよね?
稲葉 余裕がなかったから(笑)。健慎の明るさに僕も心が休まっていたのであとはもうまかせた!って感じだったんですよ。
遠藤 僕の方こそ友くんに頼りっぱなしだったけど。
稲葉 それっていい関係性だよね。
遠藤 僕は今回、初キスシーン、初絡み、なおかつ相手は男性ってことでやっぱ緊張したし、どうしたらいいかわかんなかったんです。なのでうざがられてもいいから友くんと関係性を作っておきたいと思って、友くんもそれに応えてくれた。でも、たまに「今は話しかけるなよ」ってタイミングはありましたよね(笑)?
稲葉 健慎、良くないぞ(笑)。
遠藤 いや、キツいシーンが続いている時とか僕もわかるから(笑)。タイミングを見ながら距離を縮めたり、こっちが辛い時は頼らせてもらったりしていました。
稲葉 そこは戦友に近い感じだよね。8歳の年齢差を感じさせないぐらい健慎は大人で、でも後輩として僕をちゃんと立ててくれる線引きもあるから、互いに支え合える関係を築けたんじゃないかな。
ごはんの冷凍法に生き方が出る?!
――今作はジェンダーをはじめ、既存の価値観を根底から覆される作品。ご自身の中で何か変化はありましたか?
遠藤 僕は友達に同性愛者の人がいるんですけど、理解していたつもりでも、できていなかったことにKAIを演じて気づきました。そこにあるのは純粋な愛だということを、改めて感じ取れたというか。
稲葉 ジェンダーに関しては仁の奥さんが言った「法律で愛は守れない」って言葉が象徴的ですよね。仁は元々異性愛者で結婚もしていて、だけどKAIと出会い愛の形が変わっていく。社会から切り離されるほど反比例するように愛の純度が上がっていく姿に「こういう純愛もあるんだ」って僕自身も驚きました。
――「自分の軸で選択すればいい」というようなセリフも印象的でしたが、お二人は選択を迫られたとき何を指針にしていますか?
遠藤 逆に、自分では何も選ばない。例えばオーディションとかもとりあえず全部飛び込んで、終わった後に何を得たかなって考えるタイプです。まだ21歳で何を選べばいいかなんてわからない。何でも勉強だと思って指針や基準を探している段階です。
稲葉 僕もまったく同じ。ただ、あえて選ぶならしんどそうな方へ行くようにしてます。本当はめちゃめちゃ楽をしたいんだけど、苦しい方が結果、達成感があるので脳がNOと言えなくなっている(笑)。その積み重ねで今の自分があるのかなって思います。
遠藤 友くんがしんどい方を選ぶってわかる! この間、友くんの家で食事をご馳走になった時も…。
稲葉 オレがメシを作った話をここでするの(笑)?
遠藤 そう、聞いてもらいたいから(笑)。友くんは余ったごはんを茶碗一杯ずつ小分けにして冷凍するんです。全部まとめて冷凍した方が楽なのに。
稲葉 175gずつぐらいに分けます。
遠藤 ね、わざわざしんどくしてるでしょ? でも結局その方があとで食べやすいから、それってしんどい方をあえて選び、のちに生かすっていう友くんの生き方なのかなと。ごはんの冷凍法を見て気づかされました。
稲葉 よくわかんないけど、そういうことにしときましょうか(笑)。
稲葉友(いなばゆう)
1993年1月12日生まれ。神奈川県出身。2010年俳優デビュー後、映画、ドラマ、舞台と幅広く活動。今年は「ハレ婚。」(ABC・TVK)、「まったり ! 赤胴鈴之助」(BSテレ東・TVO)、「しずかちゃんとパパ」(NHKBSプレミアム)などに出演。
遠藤健慎(えんどうけんしん)
2000年11月24日生まれ。静岡県出身。2011年映画デビュー。以後映画『ミスミソウ』『望み』、ドラマ「明日の約束」(KTV/CX)など数多く出演。7月よりドラマ「復讐の未亡人」(TX)、映画『大事なことほど小声でささやく』が待機中。
『恋焦れ歌え』
2022年5月27日(金)渋谷シネクイントほか全国順次公開
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