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TIMELESSPERSON

2021.11.01

芸能界一マジメな人間、若槻千夏のヒストリーを全解剖!

8本のレギュラー番組を持っていた、人気絶頂の22歳のとき、若槻千夏さんは突然、テレビから姿を消した。現在は芸能界へ復帰し、自身のブランド「WCJ」を手がけ、2児の母でもある。若槻さんの“今”を過去からひもといてみる。

若槻千夏

「私でなければできないこと」をずっと探し求めてきた

ひとたび髪を下ろすと、バラエティ番組で見せるハツラツとした印象はガラリと変化。リラックスした柔らかな大人の雰囲気を纏った。

「TVではマウントを取ってくる女性の話とかを求められることが多いから、長い髪をかき上げて話していたら鼻につくと思うんです。『お前もその代表じゃん』って。だから髪はまとめて、女らしさを出さないように気をつけてます」

自称「芸能界一マジメな人間」。瞬発力のあるタイプに思われるものの、これまで衝動で行動したことはなく、常に物事を冷静に、慎重すぎるほど観察してきた。子供のころから人見知りで、小学生時代に友達と遊んだ記憶はないし、ホームビデオを見返してもひと言も発していない。

「花が開いたのは中学生以降。モーニング娘。に憧れてオーディションを受けたり、渋谷の109の店員になるのが夢になったり、とにかくミーハーな性格になりました。憧れの109の店員に会うために初めて地元の埼玉から渋谷にやって来たその日に、今の事務所にスカウトされたんです」

若槻千夏

2001年、17歳のころSHIBUYA109の前でスカウトされる。「初めて渋谷に出てきた日なので頑張っておしゃれした記憶があります。ほら、あゆがしていたファーのしっぽをつけてますもん(笑)。声をかけられたときは『芸能界に入ったら憧れのモー娘。に入れるんだ!』と思ってめっちゃうれしかったです。事務所から『うちはそういうのとはちょっと違います』って言われましたけど(笑)」

中学の卒業文集の夢に「『笑っていいとも!』に出演してタモリさんに会う」と書いただけあり、「とりあえずTVに出たい」と希望。その足がかりとしてグラビアに挑戦することになる。

「当時は清楚な黒髪の子が人気だったので、私みたいな茶髪のギャルは少なくて。撮影前には必ず、事務所でマネジャーさんが髪を黒く染めるスプレーを持って待ち構えているんです。髪がバキバキになるし、そんなんじゃテンションが上がらないから、駅前の公衆トイレで洗い流して、髪がびしょびしょのまま撮影に行っていました(笑)」 

受け身で生きてきた彼女が、自我に目覚めたのはこのころ。「私じゃなくていいのでは?」と感じると、とたんに自我のスイッチが入るように。

「大御所のカメラマンから『茶髪のギャルは撮らねーよ』と大声で言われたこともあり、『じゃあ大丈夫です』と帰ったことも。そうして黒髪の撮影を断っていたら、茶髪でも撮影してくれる媒体が増えてきて、親近感を抱いてくれるファンの方も増えていったんです」

その後TVに進出。飾らないキャラクターと空前のおバカブームとが相まって一躍ブレイクを果たした。ところが人気絶頂の22歳。8本のレギュラー番組を降板し、休業を発表する。

「最初はすごく楽しかったんです。おバカで良かったなーって(笑)。でもクイズ番組に出続けていると『この問題、前も出たな』とわかってどんどん頭が良くなっていくんですよ。そこでうまくボケられるタイプでもなかったし、毎回毎回クイズの答えを間違えなきゃいけない無限ループに陥って急に不安になったんです」

状況を整理して出た答えは、やはり「私じゃなくてもできることばかり」だということ。自分にしかできない武器を探そうとスイッチを入れ替え、海外に行くことを決断する。「10代のころの人生を奪ってしまったから」という言葉とともに、事務所の社長は快く送り出してくれた。

「本当にありがたかったです。ただ、仕事から離れるために海外へ行く言い訳を考えて出た言葉が、当時好きだった“古着の買い付け”。そもそも買い付けがどんなものかもまったく知らず、最初は買い付けという名の買い物でした(笑)」 

若槻千夏

古着の買い付けにLAへと飛んだのは2008年、23歳のとき。「最初の1週間はメルローズの古着屋をひたすら巡っていたんです。でも買い付けは業者専用のフリマなどでするものだと教えてもらい、mixiの古着コミュニティの管理人さんたちに片っ端から連絡して、買い付けができる場所を教えてもらいました。現地で出会った日本人の方が知り合いを紹介してくれたり。本当に助けられましたね」

若槻千夏

2008年〜09年はLAを拠点としながらバックパッカーに。「観光ビザでアメリカに滞在していたので定期的に日本に帰らなくちゃいけなくて。その合間にタイ、ベトナム、インドなどアジア各国をバックパックで旅しました。タイだけ彼氏ができたので3ヵ月いましたけど、それぞれの国の滞在は1〜2週間。そのときのことを書き溜めておいて、『ちなつの歩き方』という本にまとめました」

一人LAのモーテルに滞在し、レンタカーを運転し、mixiで情報を収集し、たくさんの人と出会い、約1年半で1500着の古着を買い付け。そこでの冒険は、すべて周りがお膳立てしてくれる芸能界に身を置いていたら絶対に経験できない宝となった。

「本当に運が良かったと思います。海外での経験を書いた本を読んだWEGOの当時の社長から声をかけていただき、その後に自分のブランド『WC』を立ち上げましたし、芸能界への復帰を悩んでいるときには尊敬するキティちゃんのデザイナーの山口裕子さんから『そんなにしゃべれるんだったら、出たほうがいいじゃん!』と言われてもう一度挑戦しようと思えた。自分でも慎重でマジメすぎると思うけど、いつも人との出会いに助けられてきたし、どこかでなんとかなるということも知っていた気がします」 

若槻千夏

2009年、買い付けた古着をすべて売り切ったあと、自身のブランド「WC」を設立。「期間限定で作ったショップでしたが、一から可愛いと思う服を具現化することがすごく楽しくて、正式にブランドを設立しました。結婚した相手は、その当時から予算など細かな面でサポートしてくれていた私の右腕的存在。しだいにファストファッションに限界を感じ、2012年の東京コレクション出品を最後にデザイナーを退任しました」

いつか子育てが一段落したらパートナーと海外を旅したい

2015年に約10年ぶりに芸能界に復帰し、現在は’19年に立ち上げた新ブランド「WCJ」のデザイナーとしても活躍中。28歳のときに結婚したパートナーとともに、2人のお子さんの親としても充実した日々を過ごしている。

若槻千夏

2012年、28歳で結婚。翌年には「WCJAPAN」を立ち上げる。「WCで生まれたキャラクター“クマタン”のライセンス会社としてWCJAPANを設立。クマタンのLINEスタンプが台湾でバズって、現地に出張に行く機会が増えました。芸能界休業後もずっと気にかけてくれていたテレビ局の方からのお声がけで、バラエティ番組『人生が変わる1分間の深イイ話』で密着してもらったことも」

若槻千夏

2019年、35歳で新ブランド「WCJ」を立ち上げる。「初めは自分が欲しいマザーバッグがないと思い、バッグのブランドとしてスタートしました。今はECサイトでアパレルも展開していて、ベッキーさんとコラボしたコレクション『WCJ+B』も発表しました。立ち上げ当初は、2年後に見て触れられる実店舗を作りたいと思ったけど、コロナで予定変更に。いつか絶対実現したいです」

「土日は完全にお休みして子供の習い事に付き添ったり、家族で公園にでかけたりしています。これまでの人生を振り返ると、自分の子供にしてほしくはないなと思うけど、やりたいことをすべてしてきたので後悔はまったくありません」 

もちろん、常に「始まると終わりを考えるタイプ」の若槻さんが現状で満足しているわけではない。「WCJ」の実店舗を作る夢など、頭の中にはこれからやりたいプランもぎっしりある。

「夫と海外旅行に行ったことがまだないので、子育てが一段落したら二人で旅がしたい。スローライフにも憧れがあるので、50歳くらいまでは今の仕事を確実に頑張ろうと思っています。ただ、占い師に『あなたの人生で一番忙しいのは67歳です』と言われて絶望しているところ。私、そのころに何をしているんだろう(笑)」 

グラビアアイドル、タレント、デザイナーと、パワフルに人生を切り拓いてきた若槻さん。これからもきっと、自分にしかできないことを模索し、実現し続けていくに違いない。

若槻千夏

カーディガン¥23,100、デニムジャケット、パンツ 各価格未定、パールネックレス〈大〉¥17,050、〈小〉¥6,600/すべてダブルシージェイ(ダブルシージャパン) リング〈左手小指〉¥162,800/ジジ(ホワイトオフィス) サンダル¥155,100/クリスチャン ルブタン(クリスチャン ルブタン ジャパン)

若槻千夏(わかつきちなつ)
1984年5月28日生まれ、埼玉県出身。17歳のときにSHIBUYA109でスカウトされ芸能界入り。バラエティ向けのキャラクターが支持され、TVなどさまざまなメディアで活躍。その後、海外での経験を重ね、2009年にアパレルブランド「WC」を立ち上げるなど、デザイナー・プロデューサーとしても活躍の場を広げた。’12年に結婚し、現在2児の母に。’18年には幼児向けクマタンの知育絵本も出版し、絵本作家としてもデビュー。’19年には新ブランド「WCJ」を立ち上げる。

PHOTO=SASU TEI(W)

STYLING=竹岡千恵

HAIR & MAKE-UP=双木昭夫(Kurarasystem)

TEXT=松山梢

EDIT=山崎尚子

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