10代のころから美しい言葉に惹かれ、自身が発する言葉への責任を銘肝してきた宮沢りえさん。彼女の人生を彩り、象(かたど)った“美しい言葉”について。
宮沢りえ「美しく、知性のある言葉に憧れ、そして救われもした」
「死ぬまで安定はしないと思う」と微笑んだ。ただ、人生に光と影が交錯し、どんなふうに転ぼうとも、日々を紡ぐうえで指針にしてきたものがあるという。美しい言葉を話すこと、そして言葉に責任を持つこと――。言葉への目覚めは、まだ宮沢さんが16、17歳の少女だったころ。
「唐十郎さんの脚本でNHKドラマ『緑の果て』に出演したときのことでした。共演の石橋蓮司さんとエクアドルで2週間以上を一緒に過ごすなかで、蓮司さんをはじめ演出家の方たちからアングラ演劇のお話を聞く機会があって。1970年代という時代の変革期に演劇で自分たちの想いを吐き出していたアングラの世界に心が惹かれました。昔の映像を探したり、紅(あか)テントに足を運ぶようになって、それまで自分が生きてきた環境では巡り会うことがなかった世界に触れて、とてつもない憧れを抱いたんです。きっと生ぬるい所に自分を置かない大人たちが輝いて見えたんでしょうね」(宮沢りえさん)
20歳を過ぎ、小説家が集まるバーに足繁く通った時期もあった。そこは人として成熟し、知性と自分の言葉を持った大人であふれていた。
「大人たちがお酒を飲みながら、知性を持って、自分を持って会話をしている姿が本当にカッコよく映りました。そして美しい言葉、温度のある言葉、覚悟を持った言葉…それらのどの言葉も責任を持って発せられていた印象が色濃く残っています。私は大人たちから言葉を学んできて、今こうして話すときでも、いまだに当時の経験が何かしら作用しているだろうなと感じます。当時の大人たちのようでありたいという憧れも、私が今、言葉を紡ぐうえでの原動力の一つ。話しながら思っていたのだけど、昔は言葉に責任を持っている人が多かった。というのもSNSが普及していた時代ではないので、誰が何を語ったか、誰が誰を批判したか、そのすべてのやりとりで自分の顔を見せて、相手の顔を見て、正々堂々と行われてきたから。その点でいうと、言葉が顔や意思を持たずに飛び交っている現状に慣れるのは難しいです。自分を名乗らずに発した言葉でも人を喜ばせることもできるけど、反対に惑わせたり傷つけることもできて、言葉の力というものを改めて強く感じます。今はパソコンも携帯電話も持たせていないけど、近い未来で自分の娘がSNSに触れるときがくる。何を受け止めて、何を信じるべきかを教えてあげるのは、母として私の大事な役目」(宮沢りえさん)
役者として矢面に立ってきた宮沢さんの心が守られたのも、美しい言葉を知っていたから。
「今までも顔を持たない言葉が降りかかってきたし、これからもそれは続きます。ただ、責任を持たない言葉は心には響きません。それに言葉には、発した人の美意識と価値観が宿ります。良くも悪くも降りかかる言葉のなかから、どの言葉を自分のなかに残して、どの言葉を残さないのか? 生きていく術として学んできました」(宮沢りえさん)
息を吐くのと同じような感覚でセリフを「吐きたい」――宮沢りえの役者魂
縁あって、かつて憧れていた唐十郎さんの世界に役者として携わっている現在。舞台でのセリフを「話す」でも「言う」でもなく、宮沢さんは「吐く」と表現したのが印象的だ。
「自分が生きてきた道とは違った人間を演じるとき、最初にセリフを受け止めるときはすごくゴツゴツとした異物を飲み込むような感覚。それを咀嚼して、自分の心のフィルターを通して、活字だったセリフが音となって自分から出ていくときに、『言う』というよりは『吐く』というほうが近い。呼吸と同じで、息を吐くのと同じような感覚かもしれませんね。あえて表現したつもりはなかったんですが、息を吸ったり吐いたりするのと同じようにセリフを言いたいという願望も含まれていたのかもしれない」(宮沢りえさん)
唐十郎作品への挑戦は、舞台では4度目に。
「唐さんの作品は頭で考えて演じるものではなく、心が動いたときに成立するもの。体を通ったときに初めて、唐さんのインテリジェンスに触れることができる。稽古が始まって、芝居が立体的に動き始めるのを楽しみにしています」(宮沢りえさん)
10代から脚光を浴び、キャリアは30年以上。停滞せずに輝く理由は、今もなお挑戦を続け、もがき続けている姿にあるのかもしれない。
「役者にはリミットがない。それぞれの年齢で新しい挑戦が待っているから、その挑戦に臆病にならずにいるためには、健康でいること、一つひとつのお仕事をオーディションだと思って臨むことが大切。このヒリヒリした状態にいつまで耐えられるのかな?と思うときもあります。今もできないことに対して落ち込み、できたことに喜んで、ちっとも落ち着かないの(笑)。ただ、これまでの人生で刻んできたもの、記憶してきたものを活かして、ふと鏡を見たときに『私、充実しているな』と思える顔でありたい。若さという美しさはなくなるけれど、それに勝るものを見つけていきたいんです。だって、美しさのピークが10代、20代って悔しいじゃない。もうすぐ訪れる50代、美しさは内面からにじみ出てくる。だからこそ人生は美しい言葉とともにありたい。娘にも『美しい言葉を話す人は、心も表情もキレイになっていくんだよ』と伝えています。どこまで響いているかわからないですけどね」(宮沢りえさん)
宮沢りえ(みやざわりえ)
1973年4月6日生まれ、東京都出身。テレビドラマ、映画、舞台で活躍し、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ、数多くの映画・演劇賞を受賞。主な出演作に映画『たそがれ清兵衛』『紙の月』『湯を沸かすほどの熱い愛』など。現在ドラマ「真犯人フラグ」(日本テレビ系)に出演中。待機作に映画『決戦は日曜日』がある。
『泥人魚』
2003年4月に唐十郎が「劇団 唐組」で初演し、第五十五回読売文学賞 戯曲・シナリオ賞や第三十八回紀伊國屋演劇賞 個人賞に輝くなど演劇界を席巻した傑作戯曲。初演以来18年ぶりの上演となる本作の演出を手がけるのは、唐十郎と蜷川幸雄を師とする劇団・新宿梁山泊主宰の金守珍。ヒロイン・やすみ役を演じる宮沢りえさんは、『下谷万年町物語』『盲導犬』『ビニールの城』に続き、舞台では本作が4作目の唐十郎作品になる。さらに、磯村勇斗、愛希れいか、風間杜夫ら豪華キャストが集結することでも大きな話題に。
2021年12月6日(月)から12月29日(水)まで渋谷・Bunkamuraシアターコクーンで上演。