E-girlsメンバーの山口乃々華さんが、瑞々しい感性で綴る連載エッセイ「ののペディア」。今、心に留まっているキーワードを、50音順にひもといていきます。
第39回「ら」:ライト
目を閉じて、すーっと息を吸った。まぶたの裏に小さな光がちらつく。息を吐くと同時に、今すごく緊張していることを感じた。瞬く間に心臓の音が大きくなり、身体の中で太鼓がドンドン、ドンドン鳴っているよう。その音はお腹の底まで響いた。
何度経験しても、この不安と緊張と楽しさが入り交じった高揚感を無視できない。この感覚が好きになっていた。初めてステージに立ち、ライトに照らされたときは、まぶしくて前が見えなくなり、クラクラしたというのに。
あと1分。普段ならすぐに経つのに、長い。みんなの顔を見てみると、それぞれに集中した目をしていた。わたしもまっすぐ前を見る。もう、早く始まってほしい。と思った瞬間、男性スタッフの声でカウントが始まった。3、2、1。
まぶしいライトの光がすっとこちらに差し込んでくる。ドキドキした。待ちに待った、ライブという時間が始まった。
・・・
ライブを終えたあと、家に帰りさまざまな用事を済ませて、ベランダに出てぼーっとしていた。
ビルのてっぺんで何かの目のように光っているサーチライトを見つめていた。赤い目の生き物といえばなんだろうか。虫のようだと思いながらも、虫に詳しくないので考えるのをやめた。それらは、きれいとも美しいとも思えないけれど、夜の街でしっかり目立っていた。
寒いし、疲れたし、そろそろ部屋の中に入ろうと思いながらも、なかなか立ち上がれない。思っているより体へのダメージは大きかったようだ。長い1日を終え、ほっとしていたこともあるのだろう。
なんとなく、今までのさまざまなステージの記憶を遡っていた。
どれだけ緊張しても、最後には楽しかった記憶ばかりだ。残念ながら、ひとつひとつをきちんと覚えているわけではないけれど。
なかでも、わたしの印象に強く残っている、特別な瞬間がある。袖からステージに上がるときのことだった。まだ、わたしはEXPGというダンススクールのキッズ生徒だった。その日はサポートダンサーとして、初めてステージに立たせてもらった。本番前から、会場の広さと、お客さんの多さにとても興奮していた。いざ出番が近づくと、わたしの胸はさらに高なった。スタッフの掛け声とともに、目の前の階段を駆け上り、黒い幕がぱっと開いたそのとき、視界いっぱいに星空があった。ように思った。お客さんが持つペンライトが、星のように見えたのだ。本当に本当にきれいで、その景色に心底感動した。「すごいすごいすごい!」と心の中で叫びながら、花道を走った感動はこの先も忘れないだろう。
そのあとも、たくさんの人がいるなかで、まぶしくライトに照らされている、という状況に何度も圧倒された。足が震えたこともあった。腰が砕けそうになったこともあった。
袖から本番前のステージをチラリと見るのも好きだ。薄く音楽がかかり、ライトだけがぼんやり光っている。魔法がかかる前のステージ。きれいだった。
思えば、ライトというものは現実をドラマチックに変えてくれている気がする。
ずっと前にもそう思ったことがあった。なにか悲しいことがあったのか、そのときわたしは泣いていた。車の中にいて、泣き面を窓の外に向けていた。車がトンネルを抜けて、何気なく信号や街頭が目に入ったとき、驚いた。光たちが涙で滲み、ボヤボヤと輪郭を失って、本物よりも何倍も明るく見えた。泣きながらも「うわぁ、いいもの見た」と思った。いつもは無機質なそれらに、なんだか癒された。
もしかしたらその頃から、ライトの灯りがなにかを照らし、魅せる世界に、惹かれていたのかもしれない。
夜空を飛ぶ飛行機のライトがちかちか光って見える。あの飛行機はどこに向かうのだろうか。遠い外国とかに行くのだろうか。乗っている人はどんな気分なのだろうか。
もしかしたら、誰かがあの小さな窓からこちらを見ていて、街のライトに涙を滲ませているかもしれない。そうだといいなぁなんて思いながら、部屋の中に入った。
【ののペディア/ライト】
惹きつけられるもの
※本文冒頭の記述は、9月25日に無観客で開催・配信されたオンラインライブのエピソードです。