美文字を目指す人こそハマりやすい、文字上達の落とし穴

大人になってから、もっときれいに字を書けたら・・・と思ったことがある人も多いはず。ここは、日ごろから書道を教えている書画家・夏生嵐彩の連載『文字のクリニック』。 先生のもとに訪れた相談者さんの「字」の悩みを、丁寧な指導で解決へと導きます。読み解くことで、きっと皆さんの字も美しくなっていくはずです。(編集部) 

美しい字を習得したいのに悪化した?

こんにちは。院長の夏生嵐彩です。当院ではクセ字や悪筆など、文字の困った病気をお持ちの患者さんに適切な治療と処方箋をお渡ししています。文字のことで悩んだ時はいつでも駆けこんでくださいね。

「先生!先生!大変です!」

「どうしました?」

「私、書道を習い始めてから、字が下手になりました!」

あははは!そんなバカな!って思いますよね。でも実際にけっこうな頻度で相談されるので今回はこれについてお話してみましょう。

見慣れない自分の字に戸惑っている

大人になってから書道を始めたということは、過去何十年ものあいだに自分の中に蓄積された手くせとそれに見慣れた目があるということです。

その手くせがダメだと思って習い始めたにも関わらず、いざ気を付けて書いてみようとすると、書きなれていない不安定な字に直面し唖然とします。

「小学生が書いた字みたいになってしまった」という悩みもよく受けるのですが原因は同じ。

汚い字だと自覚していた今までの自分の字ですが、書き慣れていた分「こなれ感」があったんですよね。そのこなれた手くせやリズムを殺して、上手く整えようと慎重に書くと、どうしても幼くて拙い字になってしまうのは仕方のないことです。見慣れない字だから変な気分にもなりますしね。

今までの法則を失い無法地帯になっている    

実は悪筆にもそれなりに規則があって(だからこそ下手なんですが)「汚い字地区の法律」みたいなものがあるんですよね。

例えば極端に右上がりに書きすぎちゃうとか、すき間が狭すぎるとか。

その「下手な規則」は「ダメだよ!」と言われて、直そうと努力するのですが、かといって「上手な規則」を全部知っているわけではないので実際どうしたらいいのかわからなくなります。

習い始めの時期は、今までの法律だけ失って、新しい法律は数ヵ条しか知らないのですから、いわば「文字の無法地帯」状態です。そりゃ秩序も何もあったもんじゃありませんよね。変な字になって当然です。

それがどうしても不安になるのか。「自分の字じゃないみたい」などと言って中途半端に今までの自分の書き方に調整しようとする与太郎がたまに出現します。・・・何がしたいのかしら。上手くなりたかったのではないの?とつぜん自己表現したくなっちゃった?ってビックリします。

「自分の字じゃないみたい」なのは当たり前でしょう。だって変えてるんですから!というか、自分の字がイヤで習いに来たわけですから「自分の字みたい」だったら困るんですよ。習っている意味ないじゃないですか。

はじめの数ヵ月で「上手な字地区の法律」を知り・覚え・身につけ・使いこなすのは不可能です。ひとつひとつ着実に自分の中で「新しい常識」にしていくしかないのです。ですが懐かしさゆえに「汚い字地区の法律」を捨てきれずにいると新しい風習を身につけるのがさらに難しくなってしまいます。

「郷に入っては郷に従え」精神でゆっくり順応していきましょう。

片づけの途中は元の状態より散らかる    

部屋の片づけの最中って、いったん全部ひっくり返すので凄い悲惨なことになりますよね。

いつ着たかわからない服とか、過去のイベントの景品とか、謎のネジとか、すでに家に無い家電の説明書とか。何に使うの?ってもの出てきません?

字を整えていく作業って片づけの途中に似ているんですよね。

ダメなところ全部取り出して、必要なことも全部並べて、部屋の中がとっ散らかっている状態です。そのとっ散らかっている現状を見て「以前より字が汚くなってしまった!」とショックを受けることになるのです。

大丈夫!大丈夫です。今のあなたの字の状況は、過去にビンゴでもらったミキサーとワンピースが同じ部屋に転がっていて悲鳴上げてるだけなんですから。

ミキサーを捨てて、ワンピースをタンス入れるだけです。

「その線にときめいていますか?」

コンマリさんじゃないですが、文字の勉強も、不要なもの・使わないもの・ときめかないものとはサヨナラして、あるべきものをあるべき場所に整理していく作業です。

その途中がゴミの山のように見えてしまうのは皆さんも大掃除や片づけですでに経験済みのはず。

現状のしっちゃかめっちゃかな字にビックリして怯えるのではなく、新しく覚えたことを取り出し可能な場所にちゃんと整頓していきましょうね!

【本日の処方箋】

1. 無法地帯になった自分の字が怖くなって、書きなれて見慣れた自分の字の法則を懐かしく思わないこと! 後々苦労するだけです。

2. 文字を整える作業は片づけのようなもの。途中カオスになっても驚かずに、要らないクセを捨て、必要な情報をいつでも取り出せる引き出しにしまっていきましょう。

それではお大事に。

文・イラスト/夏生嵐彩

夏生嵐彩/書画家
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夏生嵐彩/書画家
東京学芸大学 書道科卒業。書道と水墨画の教室『墨サロン』主宰。 全日国際書法会 理事/ 日本芸術書院 評議委員。大正ロマンやアールデコに影響を受け、レトロな美人画を得意とする一方、伝統技術と舞台演出を駆使した水墨画ライブペイントや、アートを取り入れた児童への教育活動を行い、文化と教育のために一石を投じている。
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