生き方を決めるのは自分。同性を愛することを禁じられた2人が選んだ道とは?

閉鎖的な社会から抜け出した写真家・ロニートと、今も正統派ユダヤ人社会に生きる幼馴染のエスティ。ロニートとの再会によって、エスティが本当の自分に目覚めてゆくさまは、保守的な社会の中で悶々とするすべての人々の心に響くはずです。
自分の生き方を問うきっかけにもなるこの作品を、映画ライターの渥美志保さんにレビューしていただきました。(編集部)

夫や父や世の中が認める生き方は、本当に自分の生き方か?

ニューヨークで活躍する写真家のロニートのもとに、ロンドンから父親の死を知らせる手紙が届きます。彼女は厳格なユダヤ教のラビ(指導者)である父親に反発して家を飛び出し、それっきり一度も故郷に返っていませんでした。物語はその彼女の久々の里帰りを描いてゆきます。

「まあそういうことって、よくあるよね~」なんて思いながら映画を見始めるのですが、葬式の場に現れた彼女を見る周囲の目、そのあまりの「なんでこの人が。なにしに来たの」な感じに、まずはちょっと驚かされます。いや勘当された、っていったって実の娘なんだからさ、って思うのですが、ことは宗教、そんなに簡単ではないようです。やがて彼女が、父親を指導者とするコミュニティの掟を破った——というか破りまくった人だというこが、徐々に分かってきます。

映画は正統派ユダヤ教の、ちょっと驚きの戒律、その実態を描いてゆきます。例えば家に戻った彼女が、葬儀の会場に入るのをためらい、集まった人々が彼女をやけにジロジロ見るのは、彼女がロングヘアーをおろしているから。このコミュニティの女性たちは髪をカツラやスカーフで隠さなければいけないんですね(カツラで髪を隠すって・・・)。

さらに肌は見せちゃいけないから、服は襟元まで詰まっていて、スカートは長く、色鮮やかな服も禁止。そして最大の罪は、父の跡を継ぐ幼馴染のドヴィッドの妻で、これまた彼女の幼馴染みであるエスティとの関係。ふたりは同性愛者なんです。

映画は久々に会った二人の間に再燃する恋愛も描いてゆきます。ロニート役のレイチェル・ワイズは昨年の『女王陛下のお気に入り』で、エスティ役のレイチェル・マクアダムスは2015年の『スポットライト 世紀のスクープ』で、それぞれオスカーにノミネートされている女優で、演技の巧さは言わずもがな。

特に、ロニートと別れてコミュニティで生きることを選んだエスティの葛藤が胸を突きます。小さいなコミュニティでしか生きたことがない、他の世界でできることなんて何もないという恐れを、もし彼女が乗り越えるとしたら、それはどんな理由からか。そこがこの映画が、単なる恋愛モノと違うキモの部分かもしれません。

映画は宗教の戒律を糾弾するものではなく、どちらかというと生き方の違いを際立たせるために宗教というものを使ってる感じでしょうか。そのことは、ロニートと父親、エスティと夫ドヴィッドの関係に響いていて、映画を締めくくっています。自分の生き方は誰に強制されるものでもないし、無理して誰かに合わせるものでもない。そして互いにそれを許し合う、誰も悪くないと思えるラストが素敵です。

『ロニートとエスティ』
【監督】セバスティアン・レリオ
【出演】レイチェル・ワイズ、レイチェル・マクアダムス、アレッサンドロ・ニヴォラほか
2月7日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
https://www.phantom-film.com/ronit-esti/
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渥美志保
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渥美志保
TVドラマ脚本家を経てライターへ。雑誌やWebのほか、企業広報誌などにも多く寄稿。J-WAVE「KEY COFFE METROPOLITAN CAFE」にてシネマスターとして映画を紹介。TOKYO FM「FMシネマ」では構成とキャスティングを担当。現在は映画を中心にカルチャー全般のインタビュー、ライティングを手がけている。
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