この世界で起きている真実、知っておくべき戦い ~『パンと牢獄』

ただ慌ただしいだけの毎日。忙しいのに充実感がない。そんなあなたに足りていないのは、頁をめくる読書の時間かもしれません。 本好きライター 温水ゆかりさんがおすすめの1冊を紹介する連載「週末読書のすすめ」。紙に触れてよろこぶ指先、活字を目で追う楽しさ、心と脳をつかって味わう本の世界へ、今週末は旅してみませんか。(編集部)    

自分のなかの「自由」の定義を引き直す

今週末のおすすめ本 : 『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』 小川真利枝 著 

2017年12月25日、サンフランシスコの国際空港。

クリスマス休暇の人々で華やぐ到着ゲートで、もう2時間もぽつんと、来るはずの人が出てくるのを待っている家族がいた。

端正な顔立ちをしたアジア系女性と、男・男・女・女の4人の子供達。母の背中をさすって慰める男の子もいれば、手持ちぶさたでスマホをいじる子、いちばん年下の女の子は、紙で作った花束を握りしめていた。

待ちあぐねたその男性がついに姿を現したとき、「パラ!(お父さん)」と叫び、進入禁止の看板を素早くくぐって彼の胸に飛び込んだのは女の子達。
そこに妻や男の子達が加わり、家族はやがてひとかたまりになって全員で嗚咽する。

特別の事情を秘めた家族の様子に、あたりはいつの間にか、しんと静まりかえっていたという。


今回取り上げる『パンと牢獄』は、こんな映像的なシーンから始まる。

この家族になにがあったのだろう。クリスマスの陽気さとはほど遠い、決死とか必死さを感じさせるのはどうしてなのだろう。


著者の小川真利枝さんはフリーのディレクターにしてドキュメンタリー作家。賞を受けたラジオ番組や、独立系ドキュメンタリー映画などを作品に持つが、活字の作品はこれが初めて。

読み進むにつれ、10年にわたってチベットの難民家族に伴走した物語であることが分かって、時間の厚みに圧倒される。

本にしたいから伴走したのではなく、伴走したから本になった。
ああ、正しい本だなあと、思う。

子供達の母親であり、夫と久しぶりに再会した女性の名前はラモ・ツォ。彼女と著者の出会いは、冒頭のシーンから8年前に遡る。


菱形をした(←大雑把ですが)インドのてっぺん辺りに位置するダラムサラ。この地は中国のチベット侵攻から逃れたダライ・ラマ十四世が、インドの時の首相の厚意で亡命政府を樹立(1960年)した“インドの中のチベット”だ。

ラモ・ツォは2009年、この町の路上で手作りのパンを売っていた。

彼女は道行く人に声をかける。
「チベッタン・ブレッド。ワン、ファイブルピー」

著者は2枚買って、10ルピー(約15円)を支払う。パンは小麦粉を水だけで捏ね、竈で焼いたもの。近くの茶屋に持ち込んで食べると、素朴なほの甘さがチャイに合った。


「彼女はワケあり」。
そんな噂を耳にし、著者は「チベット女性協会」が作った13分ほどの動画を見る。

その中でラモ・ツォは、夫が中国政府に政治犯として捕らえられていること、夫の両親ら亡命家族7人の生活が自分独りの肩にかかっていること、劣悪な環境や拷問で痛めつけられた夫の体が心配でならないことなどを切々と語り、
「あなたは正しいことをしたのだから、どうか挫けないで」と、夫に語りかけていた。


ラモ・ツォの夫の名はドゥンドゥップ・ワンチェイ。
さらに時を遡れば、中華人民共和国チベット自治区のラサで、バター売りの出稼ぎをしていたラモ・ツォは、故郷の味を出す料理店で働いていた2歳下のドゥンドゥップと知り合って、話の種が尽きないほど気が合い、つがいとなって4人の子供に恵まれた。

子供達にはチベット語でチベット文化を学んでほしいと願った夫婦は、2000年に家族でインドに亡命。子供達を、無償で教育が受けられるダラムラサの「チベット子ども村」の寄宿舎に入れる。

しかし、夫婦の本拠地は変わらずラサにおいた。
ラモ・ツォにとってダラムサラは、敬愛するダライ・ラマ十四世のおわすところであり、子供達に会うために訪れる場所だった。


そんなある日、ダラムサラを訪れていたラモ・ツォに夫から連絡が入る。
「そちらで合流するのでラサには戻らないで」。足止めされた。

そして2008年、今度は夫が尊敬するスイス在住の従兄弟から連絡が入る。
「ドゥンドゥップ・ワンチェンが逮捕された」
夫は何をしていたのか。どうして逮捕されたのか。

事が明らかになるのは北京オリンピック開幕の2日前。


ドゥンドゥップの撮った映像が秘密のルートで運ばれ、スイスで編集され、北京のホテルの一室で開かれた秘密上映会で見た外国人記者達が世界に向けて報道してからだった。

夫は映像の中で、民主主義の国の人々に向かい、五輪開催を機に、ぜひ知ってほしいことがあると訴えていた。
「五輪は平和と自由の祭典です。しかしチベット人には平和も自由もありません」

遊牧民や農夫、赤ん坊を抱いた若い母親や老女なども顔をさらして登場し、自分達の気持ちを次々と口にした。

伝統的な生活スタイルが破壊されようとしていること、中国語が公用語になり、チベット語が危機に瀕していること、写真を所持することすら禁じられているが、ダライ・ラマ十四世を信仰し、思慕していることに変わりはないことなどを。

ここまであからさまに反政府的なものを作って、無事でいられるわけがない。
ラモ・ツォはショックのあまり、最後まで見られなかったという。


このドキュメンタリー映画『恐怖を乗り越えて(Leaving Fear Behind)』(日本語字幕付きのダイジェスト版がYouTubeで見られます)は、アメリカ、イギリス、フランスなどで公開され、チベット問題=「フリーチベット」は熱く共有される。

夫は目的を果たした。しかしその罰として懲役6年の刑が下る。


本書は、2本のケモノミチ(獣道)を描いたものだと思う。
ケモノミチとは、もともと道がなかったところに出来る道。


1本は、インドのダラムサラからスイスへ、スイスからアメリカ合衆国へと、自活するすべを懸命に模索しながら、家族が再び家族になるまでの道筋を作った妻のたくましくも可塑性に富んだ軌跡。

もう1本は、夫が歩まなければならなかった暗くて長い恐怖と苦痛の旅だ。


しかし本書の最大の特徴は、家族のこの漂流ドキュメントに著者自身のテーマや仕事観、人生観もまた深く関わっていたことだろう。

ダラムサラでラモ・ツォがパンを売っていた前後の時制に戻れば、その頃の著者は、テレビ番組の制作会社で働く若手社員だった。
しかし、取材する前にオチまで決まっているような予定調和の制作現場に倦み、こう思い始める。

ストーリーラインがなく、制作の期限もなく、コーディネーターにも頼らない、チベットをテーマにした自主制作のドキュメンタリーを撮りたい、と。


チベットやチベット文化は中学生以来の憧れだった。
大学の卒業旅行では、バックパックでチベットやネパール、成都を個人旅行した。

迂闊にもダライ・ラマ十四世の半生を描いたスコセッシ監督のDVDをもっていたため、成都の空港の手荷物検査で引っかかり、身も凍るような体験をする。(読めない書類にサインさせられたその日以来、中国には足を踏み入れていない)


会社を辞め、“世界一有名な難民”ダライ・ラマ十四世と、知り合ったばかりの“政治犯の夫を持った難民”ラモ・ツォがいるダラムサラへ。
スパルタでチベット語を教える先生にも就き、腰を据えた。

ダラムサラという土地にも惹かれ始めていたという。
ダラムサラはヒンディー語で「巡礼宿」の意。その魅力をこう書く。

「遠い昔、迫害されたゾロアスター教徒を受け入れ」、大英帝国の植民地時代は「キリスト教徒の英国軍の避暑地にもなり」「現在はチベット仏教徒を迎え入れている」。

ヒマラヤ山脈をバックに、崖にへばりつくようにこんもりと繁った緑の中に、様式の違う建物や色とりどりの屋根が並ぶ様子は「町全体が、寛容な宿のようだ」と。


読み書きのできないラモ・ツォは、自分で据えたヴィデオの前で、日記代わりに日々の心情を吐露していた。ラモ・ツォの表情に不思議な魅力を感じ、それも素材の一部にインディペント映画『ラモツォの亡命ノート』(2017年)を完成させる。

私もときどき行く東中野のポレポレ座で公開され、その後全国で上映された。


ラモ・ツォが転機を迎えるとき、著者はなぜかいつも彼女のそばにいたという。
カルマ(=業)と言わずしてなんと言おう。巡り合わせは「宿命」。著者はそう言う。

例えばダラムサラにいるときは、ラモ・ツォから、
「あさって出発する。もう戻らない」と、スイスに亡命することを打ち明けられた。


出所した日のドゥンドゥップと家族が、数年ぶりに電話で話すときは、アメリカの彼女の家にいた。
出所後2年間もチベットの片田舎で軟禁されていたドゥンドゥップをスイスに亡命させる手はずが整ったときは、従兄弟がその朗報を伝えつつ「でもマリエにはまだ言うなよ」と言うのを、『ラモツォの亡命ノート』の公開にあわせて来日中だったラモ・ツォの横で聞いていた(まるでギャグ)。

そして米国亡命に成功した冒頭のサンフランシスコ空港での涙の再会のときも、極度の緊張で手のひらを汗で湿らせながら、その瞬間をヴィデオで撮っていた。


余談だが、民主党の実力者で、現下院議長のナンシー・ペロシ氏は、ドゥンドゥップの米国亡命が成功したとき、「中国の政治犯だったチベットの映像作家ドゥンドゥップ・ワンチェイさんをサンフランシスコに迎えられたことを誇りに思います」とTwitterに投稿した。

彼女がドゥンドゥップの米国亡命に動いたことは間違いない、と著者は書く。
雲の上のネットワークのことは、私達には分からない。しかし、彼女のような政治家がいることが、アメリカの真の懐の深さだという気がする。

余談に余談を重ねると、今年の頭、ナンシー・ペロシ氏がトランプ大統領の一般教書演説の原稿をびりびりに破っているところを写した映像を見て大笑いした。イタリア系の彼女はMax Maraの赤いコートを戦闘服として着こなすなど、ファッショニスタとしても、なかなかイケてる。

彼女の痛快で爽快なところを本書でも確認した思いだ。


家族が再会した翌年、あらためて渡米した著者が、ドゥンドゥップに単独インタビューした後半部分が本書の白眉である。

海外メディアがどんな報道をしたかは知らないが、日本語によるまさにスクープ!

3日間にわたるインタビューの間、彼は生い立ちを、独りで始めた発禁本の密輸入や無料配布活動のことを、収監も覚悟の上だった映画制作の計画や仲間との血の誓約のことを、家族に迷惑をかけられないと離婚を申し出たことや、「虎の腰掛け」と呼ばれる拷問の詳細、労働改造所の劣悪な環境や、窓のない独房の醜悪さを、生々しく語った。
労働改造所には、日本の注射針を作る仕事もあったという。


現実は冒険小説や監獄小説を超える。
冒険小説ならラストの大逆転を期待して読める。監獄小説や囚人小説なら、解放を信じて耐えられる。

しかしこれは実際に起こったこと。
容赦のない嗜虐性を発揮する権力側のグロテスクさに、私は何度も吐きそうになった。


ドゥンドゥップは悪夢にうなされるからもう話したくないと言い出したり、昨日のSDカードを置いていけと、猜疑心をむき出しにしたりした。
極限まで痛めつけられた人が陥る心の拘禁反応のようなものだろうが、内容のこの生々しさからは、誰も目をそむけてはならないと心から思う。


ドゥンドゥップによれば、尋問者は、海外への通話履歴だけではなく、話した内容まで全部把握していた。過去に遡ってチェックしようと思えば残らずチェックできる監視社会の凄み。そこにも心底ぞっとする(元CIA職員のスノーデンによれば、日本でも可能)。


著者は言う。途中まで“妻のラモ・ツォが知ること”しか知らなかったが、ドゥンドゥップにインタビューすることで、バズルのピースが次々と埋まった。
全体像がくっきりと浮かび上がり、まるで推理小説を読むようだった、と。

かつて『頭蓋骨のマントラ』(エリオット・パティスン 著 ハヤカワ文庫上下巻)という、チベットの強制労働収容所を舞台にした囚人ミステリーがあった。
友人達に薦めても、重すぎる、異文化すぎると、あまり賛同は得られなかった。
彼や彼女達は、この『パンと牢獄』なら必ず「よかった」と賛同してくれるはず。


私は私で、ドゥンドゥップが心の在り方を学び、地下活動で無料配布していた「心の平和」こと邦題『ダライ・ラマの仏教哲学講義 苦しみから菩提へ』を読み直してみようと思う。

ダライ・ラマ十四世がハーヴァード大学で行った講義録。
難しすぎて、ずっと本棚の奥で眠っていたのだ。


冒頭のような感動の家族再会シーンがラストなら、お話はハッピーエンドになる。でも、日々の営みという連続線にハッピーエンドはない。
エンドマークが打てるのは、死ぬときだけ。

スマホを操り、Kポップを歌い、日本の漫画にも親しむ子供達。
すっかり自立し、いきいきと働くラモ・ツォ。
父権が通じず、家族から浮いているように見える淋しげなドゥンドゥップ。

彼らはまた新たな家族の歴史を、アメリカで刻んでいくことだろう。


自由とはなにか、人権とはなにか、アイデンティティとはなにか。
為政者が強行する同化政策で、失われていくもの、消えていくもの・・・・・・。

東京2020では、「合わない」という理由で、開幕ショーからアイヌが消された。
うつむいてはいられない、自分にもできることがあると信じたい。


単独インタビューの前、著者は悪阻(つわり)に苦しんでいた。
娘として生まれてきたその子とともに、著者の新たな旅もまた始まっている。

文/温水ゆかり

       『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』小川真利枝 著 ¥1,500(税別)/集英社    

チベットの現状と、チベットを愛する人たちの口で語られる真実を撮影した映画『恐怖を乗り越えて』を制作したことで国家分裂扇動罪で中国で捕らえられ、懲役6年を宣告されたれドゥンドゥップ・ワンチェン。夫が政治犯となったために彼の妻ラモ・ツォは難民となり、道端でパンを売って家族を養い、夫の釈放を待ち続ける。夫婦と、4人の子どもたちの、自由を求めて耐え抜いた10年におよぶ軌跡を追ったノンフィクション。


※本文中の写真は順に、インドの中のチベット・ダラムサラ、素朴なチベットパン、ダラムサラの全景。

温水ゆかり
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温水ゆかり
フリーランス・ライター。『GINGER』創刊時からBOOKレビューを担当。活字、お酒、パンの耳が好き。
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