迷っても、つまずいても、希望が見えてくる!選曲センス抜群の注目映画

何不自由ない生活を送っていた家族に訪れた予期せぬ悲劇。傷ついた兄妹が優しさと愛情に触れることで立ち直り、新たな一歩を踏み出していく様を、繊細に描き出していく映画「WAVES/ウェイブス」。豪華アーティストによる31曲が全編を彩ることも話題になっています。今回はこの作品について、映画ライターの渥美志保さんに解説いただきます。(編集部)

「勝者になる」価値観は傷ついた世界を救わない

高校生のタイラーとエミリーはフロリダの裕福な家庭に生まれた兄妹。兄のタイラーは、高校のレスリングのスター選手で、アレクシスという美しい恋人もおり、思いのままの青春を謳歌しています。

事業をやっている父親は、タイラーの私設コーチ、口答えを一切させないスパルタなコーチです。大きな家の中にはタイラーが訓練するためのジムさえある。将来有望なタイラー、一家は彼を中心に回っています。

一方の妹エミリーは、そんな兄の影に隠れた存在です。どこか自信がなく引っ込み思案で、ちょっとした孤独と劣等感を感じていますが、彼女はタイラーにとって唯一弱音を吐ける相手でもあります。映画は前半はタイラー、後半はエミリーの視点で、それぞれの恋愛を描いてゆきます。

何もかも絶好調に見えたタイラーの日常は、肩の損傷に気づいたことから陰り始めます。父の自己流の指導を拒絶できず、痛みを薬で紛らわせているうちに、ほぼ再起不能な状態にまで悪化させてしまったんですね。そこに恋人アレクシスから「妊娠した」という連絡が。堕胎するかしないかを巡って二人は大喧嘩し、何もかも思い通りにいかないことに苛立ったタイラーは、とんでもない事件を引き起こします。

この前半をうけて始まるのが、妹エミリーの恋愛です。タイラーが起こした事件は幸せだった家族の生活を一変させ、特にエミリーは「タイラーの妹」として学校内で完全に孤立してしまいます。そんなエミリーに声をかけてきたのがルークです。彼はタイラーのチームメイトですが、タイラーのようなスターではない、目立たない選手です。ルークは事件のことはもちろん知っていますが、それをことさら意識することなく、不器用な優しさで、エミリーとの距離を少しずつ縮めてゆきます。

映画は全体としては家族の崩壊と再生を描いていますが、同時に2つの恋愛、もっといえば、タイラーとルークを対比させています。そこに描かれているのは、昨今のハリウッド映画で描かれるフェミニズムの表裏であり、時代のキーワードでもある「有害な男性性」です。

タイラーは、父親によって勝つことを宿命付けられ、自身の弱さを認められず、相手(特に女性)を支配し、自分の思う通りに屈服させることでしか関係を結べない。そうした考え方の行きつく先に身体的暴力があることは、いうまでもありません。

そういう男を、私達はつい「男らしく引っ張っていってくれる人」と思ってしまったりしますよね。でもそれは本当に愛なのか。タイラーの恋、エミリーの恋、あなたが欲しいのはどちらでしょうか。

『WAVES/ウェイブス』   
【監督・脚本】トレイ・エドワード・シュルツ
【出演】ケルヴィン・ハリソン・Jr、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミーほか
近日公開

https://www.phantom-film.com/waves-movie/

渥美志保
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渥美志保
TVドラマ脚本家を経てライターへ。雑誌やWebのほか、企業広報誌などにも多く寄稿。J-WAVE「KEY COFFE METROPOLITAN CAFE」にてシネマスターとして映画を紹介。TOKYO FM「FMシネマ」では構成とキャスティングを担当。現在は映画を中心にカルチャー全般のインタビュー、ライティングを手がけている。
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