【大人のマメ知識】昔の言葉はなぜ右から左に書かれている?

大人になってから、もっときれいに字を書けたら・・・と思ったことがある人も多いはず。ここは、日ごろから書道を教えている書画家・夏生嵐彩の連載『文字のクリニック』。 先生のもとに訪れた相談者さんの「字」の悩みを、丁寧な指導で解決へと導きます。読み解くことで、きっと皆さんの字も美しくなっていくはずです。(編集部)

逆から読む!?実は横書きじゃないという真実

「先生。昔のポスターや看板ってどうして横書きの文字が、右から読むように逆から書かれているんですか?」

「不思議ですよね。実はこれ、そもそも横書きじゃないんですよ!」

「どういうことですか!?」

例えばアサヒビールを「ルービヒサア」と書いているレトロなポスターをよく目にしますよね。あれ、実は横書きを逆さから書いているわけではないんです。1行1文字の縦書きなんです!

例えば1行3文字の縦書きならば、

ビア
|サ
ルヒ

になりますね。1行2文字の縦書きならば

|ヒア
ルビサ

になるわけです。

そして1行1文字の縦書きならば・・・?

そうです。まるで逆から読ませる横書き文字に変身するのです! これが皆さんもよく目にする昔のポスターや看板の正体なのです。

日本にはもともと横書きが存在しなかったので、限られた横長のスペースに表記するためには、縦書きを極限まで潰した状態(1行1文字)となり、横書きのように見えているだけなんですね!

でもちょっと待った!!!!

それで納得しないでください!学生時代の私はこれで納得してしまって、「そうか!すごい!実は縦書きだったんか!」とびっくり&感動してしまったわけですが、のちに致命的な疑問にたどり着くわけです!

音引きの方向がなぜ横向きなんだ!!!!

そう。先ほど私は、ちょっとごまかしたところがあります。

1行1文字になったとき例を見せませんでした。1行1文字の縦書きならば「ビール」の長音符(のばして読むところ=「音引き」)の向きが縦向きになるはずなのです。

そのため、「ル|ビヒサア」になるはずなのです。ということは、やっぱり逆から読む横書きなの!?と思ってしまいますよね。その真偽を明らかにするためには、そもそも、この長音符「―」はいったい何なのか?ということから知らなければなりません。

のばし棒の長音符は実は漢字だった!    

音引きと呼ばれる、音を伸ばす表記は古事記のころからあり、それは例えば「ああ」などのように母音を重ねて記すときに「引」という字を注釈としてつけていました。

聞いたことがあるかもしれませんが、カタカナは漢字の部首の一部をとって作られています(阿→ア、伊→イなど)。音引も同じように「引」のつくり(右側の部首)をとって「|」になりました。

蘭学の研究やそのための辞書・訳書が作られていく過程で、左から右に書く西洋の文字に合わせてカタカナの読み方を横書きで表記をおこなう機会が増えます。

例>
Beer
ビ|ル

というフリガナをふって読んでいたわけですね。仮にアルファベットに対して

Beer
ル|ビ

と、縦書きの順番で右から左に書いていたら、もうフリガナの意味がないというか、読みにくいことこの上なし・・・ですからね。便宜上左から右に書くほうが良かったのでしょう。

ただ、日本人はやはり縦書きの方が慣れているわけで、横文字を縦書きの方向(右から左へ)「ル|ビ」と表記するほうがスタンダードでした。日本には江戸後期の西洋研究を経て、明治維新、第二次世界大戦と生活様式を大きく変動させた転換期があり、文字の表記もそれによってかなり多様化していきます。

「横書き」の誕生と変化

実ははっきりと横書きが誕生した瞬間というのはありません。文字だけでなく文化というのは、パッと新しいものが登場するのではなく、徐々に混ざりながら定着していくものです。

今回のテーマに限っても、どの時代にどの段階にあるということは言えず、例えば江戸時代から既に左から右に書く横書きで記していることもあるなか、縦書きの長音符「|」のままだったり(例:ビ|ル)、逆に戦前のポスターで縦書きのように右から左に表記する形であっても横書きの長音符「―」が使用されていたりします(例:ルービ)

つまり「ビール」と表記する方法として

 ①ビ|ル    

(横書きの文へのフリガナなどに使いやすかった)

②ル|ビ

(縦書き1行1文字で書く感覚で横表記をした)

③ルービ

(音引きを記号ととらえて横向きにしたが、縦書き習慣が抜けていない状態)

それらが各時代で混ざりながら、今日の左から右へ読み、長音符も横向きの「ビール」に統一されていったわけです。

文字の不思議

いかかでしょうか。横書きで縦書きについての説明をしたので、かなり読みにくかったかもしれませんが、面白い事実に触れられたのではないかと思います。

身の回りには、文字の不思議がたくさん潜んでいます。特に日本の文字はたくさんの文化を取り入れて変化させ、独自に育てていったものなので「実は知らない不思議なこと」がきっとたくさんあるはずです。

ひとつの疑問から多くの疑問を抱いて知識を深めよう

今回のテーマ「なんで昔のポスターは逆から読むの?」という疑問は小さい子でも持ちやすいことで、ネットでサクッと調べてもすぐに答えが出てくるものです。

私も昔はこれで納得していて、家族に自慢しながら話していたのですが、「縦書きならば長音符の向きがどうして横向きになの?いつそうなったの?そもそも長音符の元ネタは何なの?」という疑問にたどり着くまでには結構タイムラグがありました。

そのせいで「実は縦書きなんだよ」と教えてくれた先生に質問できなかったのです。結果的にたくさんの本を読んで音引きの歴史についてより深く学ぶことができましたが、もし最初の時点で「へえ!」と納得するだけでなく「どうしてだろう」という気持ちをもっとたくさん持つことができていたら、より知識を深められただろうなと思っています。

皆さんもある事実を知って大きく感動したときに、それだけで終わらず「この場合も当てはまるのかな?」「本当にそうかな?」「いつからだろう、どうしてだろう、誰がはじめたのだろう」などたくさんの側面から疑問を持ってみてください。

意外で面白いことが発見できて身の回りの物事がいつもよりちょっぴり楽しく、愛おしく感じることができるようになります。

それではまた!

文/夏生嵐彩

夏生嵐彩/書画家
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夏生嵐彩/書画家
東京学芸大学 書道科卒業。書道と水墨画の教室『墨サロン』主宰。 全日国際書法会 理事/ 日本芸術書院 評議委員。大正ロマンやアールデコに影響を受け、レトロな美人画を得意とする一方、伝統技術と舞台演出を駆使した水墨画ライブペイントや、アートを取り入れた児童への教育活動を行い、文化と教育のために一石を投じている。
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